便り
琺瑯スイッチを残した理由
膜のパネルは、十年後に押せません。表示が消え、どこが温かいのか、指が迷います。琺瑯のスイッチは、欠けても、丸い形が残ります。北窓が琺瑯を残す理由は、そこに尽きます。
香林の湯沸しのつまみ、セラミックヒーターの円、机上灯のダイヤル。赤い理由は、落款と同じです。頁を朱で塗るためではなく、手の場所を示すためです。部屋の照明が落ちても、琺瑯は北窓の下で一段だけ濃く見えます。
手入れは中性洗剤だけです。クレンザーは釉を削ります。欠けが鉄地まで達したら、錆が始まります。そのときは票番を書いてください。小さな欠けは、工房で止められることがあります。大きな欠けは、景色として残すか、器を代えるか、相談します。
新しい器ほど、スイッチが画面の中へ逃げています。北窓の台帳は、その流れに逆らいませんが、乗せる条件を一つ持っています。目を閉じても、入り切りが分かること。それが点検の最初の項目です。
琺瑯は重い、という声もあります。湯沸しを毎朝持つ家では、その重さが手の記憶になります。軽い樹脂の取っ手は、熱を伝えすぎるか、三年で緩むか、どちらかです。重さは、点検に残した側です。